開陽丸(2006.8.15 江差町

 お昼少し前、R228に戻り北上し八雲町を目指した。途中江差で船のマストが見えた。あら、格好良い!何だろうと、脇道へ逸れる。何々?“開陽丸”?聞いたことあるなぁ?何だっけ??
 明治元年(1868年)に起きた箱舘戦争における、旧幕府軍の戦艦。同年11月5日に松前を制圧した土方隊は、同月11日に江差に向けて進軍を開始。江差に入ったのは16日だが、この時すでに、江差は榎本艦隊に制圧された後だった。その日夕方からやにわに「たば風(北西の風)」が強まり、夜には暴風雪となった。沖合に碇泊していた開陽丸は、この強風によって碇(いかり)も効かなくなり、海岸方向へと流されていった。そして座礁 。数日後、開陽丸は海へと没した。その開陽丸の沈没場所が「発見」されたのは、昭和49年。翌年から引き揚げ作業が始まり、平成2年開陽丸は現在の場所に実物大で復元された。(ネットで調べまくった結果 )

 しかし、毎年ここを通過しながら、気付きませんでしたねぇ。何でだろ?その勇姿をカメラに収めようと、船に近づいたときに、誰かに名前を呼ばれた。え?江差に知り合いなんて居たっけ?声の主は帯広市で会計事務所をやってるK君だった。お子さんの夏休みに家族旅行をしている様だった。しかし私はふざけて“良くある顔ですから、見間違えじゃないですか?”と言うと“いやいや滅多にない顔ですから間違いないですよ”と切り替えされた。いやー、しかし驚いたなぁ!

 

ヤマメ(2006.8.15 八雲町

 落部川上流で一息入れた。ここはかつて2〜3時間で3桁のヤマメが釣れた川なのだが、近年魚は激減している。今年はどうだろうと、スピナーを引いてみたら、少しは復活の手ごたえがあった。いやー嬉しいね!
 またこのあたりはオオミスジのポイントでもあるから、ゆっくりと探しながら走行したが、姿はなかった。

 

ネムノキ(2006.8.15 八雲町

 八雲町の公園のネムノキが、おそらく満開だろうと期待していた。その花にオナガアゲハやカラスアゲハが来ているだろうと想像していたが、空はどんよりと曇り気温が上がってなかった。しかし湿度だけがやたらと高く、不快指数もかなりのものだろう。
 公園内には、紫陽花が濃い紫から淡いブルーまで、とりどりの花を咲かせ綺麗だったが、他にとりたてて何も無かった。

 

スジグロチャバネセセリ(2006.8.15 八雲町

 公園を出てセセリをを探したが、キマダラセセリの姿は無かった。スジグロチャバネも少数しか目撃できない。やはり気温のせいか、蝶の数そのものが少なかった。

 

ヒメアカタテハ(2006.8.15 八雲町

 畦道にヒメアカタテハが居た。今年の5月27日に見かけて以来だったが、色が茶っぽく、何故か鮮やかさに欠けていた。翅に傷みもなく比較的新鮮な個体に見えたのになぁ。こいつにも季節による色彩 変化があったのかも知れない。どんな種でも、もっとじっくり観察する必要があるなぁと思う。

 

スジグロチャバネセセリ(2006.8.15 八雲町

 国道5号線に出て驚いた。いや、昨日も函館方面 へは、ひどく混んでいたが、今日は下り方向が混んでいる。しばらく皆さんにお付き合いしていたが、気の短いFieldは、我慢できなくなり、脇道に逸れた。渋滞に巻き込まれて無意味な時間を過ごすより、どんなに遠回りしても、好きに走り回っている方が私の性に合っている。オオハンゴンソウの群生にスジグロチャバネが来ていた。やはりこの種は私が思っているより広範囲に生息域がありそうだ。
  Fieldは八雲にあるもう一つの公園を目指していた。そこで、昨日日高で買っておいたジンギスカンと焼き鳥を焼いて食べようと思っていた。しかし、この辺りから愛車の異変に気付いた。どうもハンドルがフラフラする。走行中ハンドルを放すと、ハンドルは左右に小刻みに動き出す。降りてタイヤを見ても何も異常はないように思えるが、どうもタイヤに歪みが生じているとしか思えない。ヤバイ!混雑した道路で、この状態で走ることは危険極まりないと感じた。

 幸い目指す公園までは知れた距離だった。そこで予定通り焼き肉〜♪そして考えた。明日の下り方向は、下手をすると今日より混雑が予想される。ならば今夜、それも車のない深夜のうちに5号線を抜けるのが賢明だろう。持参していたヱビスビールの小瓶を2本、肉と焼き鳥を肴に飲んで爆睡した。深夜12時起床。帯広市に向かって出発。ハンドルのブレは段々ひどくなり、しまいには車体も僅かではあるが異常に揺れているのが分かるほどになった。うー、慎重に慎重に…。途中3度ほど休憩を挟み、午前8時帯広市にヨレヨレながらたどり着く。こりゃ明日は修理工場行きだなぁ。

オオヒカゲ・ジャノメチョウ・コキマダラセセリ他


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