2012年総括

上弦の月(撮影は2012.12.24 帯広市)

お天気:地元からあまり離れることの無かった1年で、今年の北海道がどのような1年であったかを語る資格もないが、春の到来は遅かったように思う。そして春が来ない、夏が来ない、と思っているうちにお盆が来て、今度は俄然暑さが訪れ、秋が来ない。カレンダーの数字と目にする昆虫や植物の開花のギャップが2週間ほど開いたまま経過した。ところが10月に入った途端に秋を満喫する前に冬の予感。年内に降った雪の量 としては記憶に無いが、積雪量は例年の4倍と言われている。そして気温もマイナス20度に迫る低さで、既に1〜2月並。何だかけたたましい1年という印象だった。
病気:今年特筆すべきはやはり何と言っても病気。30歳台で胃潰瘍を発症して、幾度か吐血をし、ごまかしながら10年以上を過ごしたが、完治後、身体検査で引っかかる項目は皆無になった。慢心…以外の何者でも無かったのだろう。3月31日、様々な兆候が有ったのに本人は気付かず、4月1日、市主催イベントのテープカットというField自身体験の無い華やかな式典会場で発覚。左脳内に出血があり、ゴルフボール大の血栓が出来ていた。 中学生の頃から常に死を意識し、Fieldの判断基準は“死ぬ時に後悔しない選択”を心がけてきたつもりであったが、恥ずかしながら実際に死を強く意識しはじめてから…何も出来てない。
:2011年11月25日、立川談志の死が強く印象に残っているが、今年2012年12月10日には小沢昭一さんが亡くなった。何だろうねー、私が感じる2人の魅力って…濁声?それも有るかも知れないが、ズバッと本質を言い当てる洞察力とパワーかな。私にとっては惜しい人
でした。そして2012年12月5日中村勘三郎さん。人生そのものが歌舞伎…という印象で痛快な人物だったように思う。更にもう一人、11月に伯父が亡くなった。父の弟で…ちょっと変わったオジサン。もっとも父の兄弟は変わったというかユニークな方が多いが、特に刺激を受けた方だった。合掌

2012年と云う年:ある意味完全足踏み状態だったかもね。代わりに色んなことを考えさせられた年でもあった。外遊びについては、医者に単独での長距離移動を禁止されたので、全て近隣での行動になった。一方で病気による体力の低下を押さえようと、例え1時間でも外歩きをしようと心がけた。また、サイト内では蝶の標本写 真掲載に力を入れた。今後もこのサイトを立ち上げた思いを再確認して理想を具現化すべく努力を重ねたいと思います。今年も1年お付き合いいただいた読者の皆様に感謝申し上げます。



戻る      2012年版目次へ      次へ