2007年総括
皆さん、2007年はどんな年でしたでしょうか?Fieldは… 思いつくままに2007年をまとめてみましょう。(尚、写真と記事は関係がありませんので悪しからず) |
(2007.12.30 十勝川)
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お仕事…本業は印刷屋である。会社自体は総業54年目を迎えるが、私が入社してから25年、代表になってから丸4年になる。日本経済の不況が底を打ち、穏やかに上昇中と言われる中、北海道の景気は依然と冷え切ったまま。一零細企業の代表としては、この地方都市に好況の兆しが見えるのはいつのことかと待ちわびる一方、じっと待っている訳にもいかず、あれこれと手を打ってはいるが、その効果
は未だ明確に現れてはいない。 |
(2007.12.30 十勝川)
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長男…前章をお読みの方は既にお分かりのことと思うが、6月2日に横浜で式を挙げ、所帯を持った。そして、そのまま埼玉
県の住人になった。当社3代目予定者が居なくなってしまった訳であるが、私自身はさほどショックとも思ってはいない。しかし、先代にとってはどうなんだろうと、少し気にはなっている。
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(2007.12.30 十勝川)
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死…この秋以降、たて続けに知人・恩師が亡くなった。その1人がT先生。T先生は私の父の知人の甥で、釧路の教育大学に在籍中から、帰省時には我が家へ遊びに来ることがあった。そして、時々私の勉強を見てくれていた。当時私は柏小学校に通
っていた。そのT先生が卒業後赴任した先が偶然にも柏小学校であった。当時の柏小学校は1800人規模のマンモス校で、私のクラス担任にはならなかったが、その後もよく遊びに連れて行ってもらった。初めての洋画、初めての喫茶店…と私が中学になっても、相手をして頂き、様々な影響を受けた恩師の一人と思っている。(享年66才)
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(2007.12.30 十勝川)
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生物を最後に待っているのは死である。死ぬ
ために生きていると極論する方も居る。永久の命なんてものは無いのだから、確かにそうかも知れない。でも、Fieldは死を前提に生きてはいない。明日も明後日も、そして来年も自分自身は存在しているという前提で生きている。例え医者に“明日までの命です”と言われても、Fieldは今日も飯を食う、酒を飲む、写
真も撮る。どうせ明日までの命なんだから、それは無駄
な行為だ等とは思わない。(暗い話でスミマセン!難しい話も、もう止めましょう)
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(2007.12.30 十勝川)
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社会活動…リンゴシジミの保護活動も終わったし、写
真展もしばらくやってないし、O小学校で講義をやったくらいで低調でしたね〜。そのO小学校の校長さんから、国際理解教育に携わる小中学校の先生方の前で講演をして欲しいとの打診が有りましたので、正式なお話が来たら、お引き受けしようかなぁと考えてはいます。校長さんが希望されているのは、台湾のお話なんですが、ルチアーノのお話も面
白いと思うので思案中ではあります。
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(2007.12.30 十勝川)
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天候…春の蝶の発生はやや遅めではあったが、順調に推移するかと思えた。しかし、暑い夏との気象庁の予測とFieldの期待を裏切るかのような低温と、週末毎の雨が続いた。ところがお盆を境に様子が一変した。まるで帳尻合わせをするかのように35度を超える日が幾日も続いたのだ。
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(2007.12.30 十勝川)
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蝶…日本国外では、9月に台湾を訪れたが、台風12号の直撃を受け、大きな収穫は無かった。唯一テツイロビロウドセセリの撮影が出来たことが大きな成果
だった。
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(2007.12.30 十勝川)
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色々な意味で、2007年はツキがない年だったなぁと思います。体調も特に後半は良くありませんでした。今も右手首・左足首・腰に痛みがあり湿布をしていますが、最近の湿布はあまり臭くないのね(笑)納得・充実の一年でしたとは言えないけれど、まー最悪ではありませんし、体調が悪い割には、気力はまだまだあります。精神的にも何故か開放されています。
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