アゲハチョウ科 (Papilionidae)

ご注意:ここには学術的なことは一切書かれておりません。Fieldの蝶に関する思い出や印象のみが綴られております。 お暇な方だけ、どうぞお読み下さい。

■ウスバシロチョウ
 アゲハチョウ科の中でも、その象徴のような尾状突起もなく、しかも隣粉がほんど無いような半透明な翅。マニアの間ではこの種類とヒメウスバシロチョウ、そしてウスバキチョウの3種を学名のパルナシウスという名で呼ぶ。そしてその3種とも十勝には生息している。どうしてこの種類がアゲハチョウ科なんだろう?別 の科を設けても十分納得いくのではないだろうか…と思うのは私だけでしょうか。そしてやっかいなことに、この種とウスバシロチョウとの区別 は以外に難しく注意が必要である。

■ヒメウスバシロチョウ
  北海道内ではウスバシロチョウより普遍的に生息している。数もこちらの種の方が多いように思われる。ウスバシロチョウとの混棲地は少ないことになっているのだが、帯広近郊はその“少ない土地”なのだ。
  中学生の頃、この蝶の多産地を見つけた。音更町の十勝ヶ丘という山なのだが、テレビ塔が建っていたので、単に“テレビ塔”と呼んでいた。“十勝ヶ丘”なんていう名はそれから随分後に大人になってから知った。そこまでの交通 手段は自転車だった。蝶の一番弟子Uと汗だくになりながら通った。彼はとうに蝶屋の世界から足を洗い、今では麻雀屋のオヤジになっている。

■ウスバキチョウ
 この蝶と初めて出会ったのは、1980年代後半の大雪山赤岳だった。他のパルナシウス族(ウスバシロチョウ・ヒメウスバシロチョウ)のように、フワフワと飛ぶものとばかり思っていたが、その精悍な飛びっぷりに、ただ見とれるばかりだった。その後この蝶に会いたくて、幾度も大雪山に出掛け、飛ぶ姿は見ていたのだが、ロープで仕切られた狭い登山道の近くに止まってくれることもなく、写 真を撮るまでには至らなかったが、2003年、ついに天候・時期共にドンピシャで撮影に成功した。

■ギフチョウ
 1982年4月、神奈川県石砂山を訪れた。かつてのギフチョウの多産地であるが、既にその数は激減し、出会える可能性は殆ど無いとも聞いていたのだが、幸運にも1頭のギフチョウと対面 することが出来た。近年その地でギフチョウが数を増していると聞くが、それは石砂山のギフチョウが復活したのではなく、余所から持ち込まれたものが増えたものだそうで何とも複雑な思いがする。

■ヒメギフチョウ
 “春の女神”の愛称をもつこの蝶は、半年の長い雪の季節が終わり、北海道にやっと訪れた春を祝福するのにふさわしい容姿で、ましてや美しいカタクリの花を訪れている時の姿は“女神”と言う名が決して大げさではないことを納得させてくれます。北海道の蝶屋たちは、毎年この蝶を詣でることから一年が始まるのです。

■ジャコウアゲハ
 大学の夏休み、弟と富士登山を敢行した。夜中に富士宮口から登り始めたが、満天の星!そして持参した携帯ラジオは、北海道放送から、九州の放送局まで受信したことに感動した。山頂で御来光を…と思ったのだが、2人とも高山病にやられてしまった。10分も休むとにわかに元気が出る。しかし、数歩歩むと息が切れハーハー、ゼーゼー。しまいには後から登って来た杖をついたお婆さんにまで抜かれる始末。かくして、山頂到達前に陽は登ってしまった。そして、下山。どこをどう間違ったのか、下りた先は御殿場。叔父に電話をして迎えに来て貰ったのだが、待つ間に沢山のジャコウアゲハを見ることが出来た。 ベージュ色の綺麗な♀ばかりだった。

■ベニモンアゲハ
  憧れのこの蝶に初めて出会ったのは2001年、沖縄本島の“かりうしビーチ”をうろついていた時である。“ベニモンだ”という感動と、砂浜を全力疾走したことで息が上がり、肩で息をしながら辛うじてシャッターを切った。 私の愛読書、保育社の標準原色図鑑(1966年初版)には、この蝶が日本の蝶として記載されてない。未だに迷蝶なのか?まさかひょっこり訪れた沖縄でこんなに簡単に迷蝶の写 真が撮れるとは考えにくい。とにかく新しい図鑑を購入してみようと、手に入れたのが同じ保育社の原色日本蝶類図鑑(1998年13版)で、「八重山諸島で土着し沖縄諸島にも記録がある」との記載。やはりこの蝶との出会いは超ラッキーだったのかも知れない。
 ところで、この蝶の第一印象を“あどけない”と表現した方がいらっしゃったのだが、“あどけない”は就学未満から小学校低学年位 に付ける形容詞という気がする。“可愛らしい蝶”という印象は確かにあるのだが、小学校高学年から中学生位 の可愛らしさと私は思うのですが…皆さんの印象は…?

■ホソオチョウ
   1987年の夏、埼玉在住の友人から、東京大学構内でホソオチョウというのが繁殖していると連絡が入った。飼育してみないかと言われたが、当地でウマノスズクサ科の植物を手に入れることは難しそうに思えた。結局蛹を送ってもらって10数頭羽化させた。その後植物に詳しい先生に相談したが結局当地にウマノスズクサ科の植物は自生していないことが分かり、累代飼育は断念したが、ホソオチョウは関東を中心に生き残り、土着したようである。

■アオスジアゲハ

 1967年Fieldが小学6年生の夏休みに、静岡県富士宮市に住む叔父を頼って採集旅行を敢行!当時国鉄を乗り継いで30時間ほどかかったと記憶している。とても心細い1人旅であったが、そこで初めて見たアオスジアゲハは、黒地に、まるでステンドグラスのような明るいブルーが印象的だった。北海道への帰路は、叔父が羽田まで送ってくれて、人生で初めて飛行機なるものに乗った。もっとも、かなり疲れていたようで、気付いた時には北海道の地を踏みしめていた。


■ミカドアゲハ

 2016年のG.W.12年振りに石垣島を訪れた。この時点で八重山諸島には未だ撮影できていない種が十数種居たのだが、特に力が入っていたのはミカドアゲハだった。何しろアゲハ類の中で 最後まで撮影できていなかったのがこの種だった。その話を聞いたS-MOTOさんから、メールが届いた。その中にミカドアゲハのポイントが詳細に書かれていた。そして、そのポイントでミカドアゲハの吸水シーンを見ることが出来、初撮影に成功した。すると不思議なもので、あれだけ撮ることの出来なかった蝶なのに、別 の場所で吸蜜シーンも撮ることが出来た。タイミングって大切だよなぁとつくづく思いました。


■アゲハ(ナミアゲハ)
 道央・道南では普通に見られたこの蝶も、道東ではあまり多くない。それでもFieldが子供の頃は帯広市近郊でも時々出会うことが出来た。ところが近年徐々に生息数が減っているようで、この蝶に出会うのは至難の業になってしましった。この現象は札幌近郊でも同様と聞く。温暖化の進む中、この蝶の減少の理由がとても気になるところである。

■キアゲハ
 北海道のアゲハチョウの中では最も数が多く、私が子どものころは恰好の遊び相手だったが、河岸整備の名の下に食草のエゾニュウ、セリ、ミツバなどが激減し、今では都市部でこの蝶を見ることが非常に少なくなくなり残念でならない。
 若齢幼虫は、殆どのPapilio属がそうであるように、鳥のフンに擬態している。しかし、終齢幼虫は、他の種が一様に緑色なのに対し、キアゲハは黄緑・黒・オレンジの警戒色を示し、大変興味深い。

■シロオビアゲハ
 2001年4月、初めて訪れた沖縄で、曇天の中最初にシャッターを切らせてくれたのがこの蝶。…ということもあり、またパピリオ属の中でも小型の種だということもあり、私にとってはメンコイ(可愛い-北海道弁)蝶なのである。沖縄にはいくらでも居ると思っていたのだが、ジャコウアゲハの圧倒的な数の多さの前で、意外と影が薄く、結局その時写 真になったのはこの1枚だけでした。

■モンキアゲハ
 1970年、静岡県富士宮市で初めてこの蝶と出会った。初めての蝶とはいえ翅がボロボロで放そうかと悩んでいたら叔父(富士宮在住 某大学経済学部卒)が「経済学的に考えると、取って置くべきだ」と曰うた。結局今でもその蝶は私の標本箱の中で眠っている。次に出会ったのは、東京在住中の1978年夏で、池袋からホンダのXLを駆って三浦半島まで行った時だった。翅の面 積なら、日本産の蝶の中でも最大級だろうと思われる程大きなモンキが採集出来た。 ところが2001年の沖縄のモンキは、更に南方に生息してるにもかかわらず、思いの外小ぶりで驚いた。

■クロアゲハ
 この蝶との最初の出会いは、1967年の静岡県と記憶している。東京在住中にもご近所の庭で見かけてはいたが、まともな写 真が撮れたのは、何と2004年の石垣島だから、37年もの間いったいFieldは何をやっていたのでしょう?
 本州のお年寄りが、この蝶を“極楽蝶”と呼んでいたのを記憶しているが、パプアニューギニアの“極楽鳥”の艶やかさとはとても対照的で、何だか面 白いなーと感じた。

■オナガアゲハ
 クロアゲハがダイエットに成功したかのような蝶である。十勝ではかつて非常に希な種であったが、近年日高山脈の十勝側には確実に生息しその数も年々増えているようだ。食草はコクサギが一般 的であるが、北海道には自生していない。ツルシキミが北海道での確実な食草のようであるが、キハダ等が食草として利用されている可能性も否定できない。

■ナガサキアゲハ
 種名のmemnonはエチオピアの王の名なんだそうだが、由来は解らない。  子供の頃から憧れの蝶であった。名前からして南方系の蝶で、北海道人としてはそれだけで憧れる。しかも、前翅付け根の赤い斑紋がデザイン的に効いている。更にパピリオ属なのに尾状突起がないなど…チャーミング・ポイントの多い蝶だ。もっとも台湾では有尾型の種を見ることが出来たし、雌の白い斑紋は南に行くほど良く発達し、際立つ美しさを披露してくれる。
 2006年の神奈川では、当たり前のようにナガサキアゲハが飛んでいたが、嬉しさよりも、温暖化問題の方が深刻に思えた。

■カラスアゲハ
 ミヤマカラスアゲハに似るが、本種の方が道東地方では少ないように思われる。ミヤマカラスアゲハには後翅裏面 に黄白色帯があるのに対し本種では認められない点で区別される。一般的に本種よりミヤマカラスアゲハの方が人気が高いようだが、Fieldは本種の方が渋くて良いデザインだと感じている。

■オキナワカラスアゲハ
 2003年の沖縄でこの蝶の写真を撮った。カラスアゲハの沖縄産亜種と思ったが、オキナワカラスアゲハの名前でいつの間にか別 種扱いになっていた。
 沖縄本島では、その後も幾度か出会っているが、いずれも最北部のエリアで、南部で見かけたことは未だ無い。

■ヤエヤマカラスアゲハ
 オキナワカラスアゲハがカラスアゲハとは別 種として扱われていることに気付くと同時に、ヤエヤマカラスアゲハもまた別 種扱いであると気付いた。ならば…と翌2004年に石垣島を訪れた際には意識してカラスアゲハを探し、撮影することが出来た。

■ミヤマカラスアゲハ
 本州では、やや高山に生息するのでミヤマ(深山)…と名が付いているが、道東ではカラスアゲハよりずっと普通 種である。カラスアゲハより青光りする鱗粉が多く、蝶の人気投票を行うと、常に上位 にランクされる種である。雄は写真のように集団で吸水する姿をよく見かける。