第1話 日本の蝶は何種類?
この質問に答える前に“日本の蝶”とは何かという問題を考えなくてはなりません。
たとえばあなたが外国、例えば“○○”という国へ旅に出て、そこで「あなたは○○人ですか?」と尋ねられたとします。 日本で生まれ育ち、日本語を話し、しかも日本の国籍をお持ちのあなたはこう答えると思います。「いいえ違います。私は日本人です」と…。
今、貴方の目の前を1匹の蝶が飛びました。その蝶は、はたして“日本の蝶”と言えるでしょうか?
その土地で生まれ育ち、越冬して翌年も繁殖を続けることの出来る種類を、その土地の土着種という言い方をしますが、日本の蝶の種類とは、日本における土着種の数と言い換えることが出来ます。今“旅に出た”と言いましたが、では、蝶が旅に出るということがあるのでしょうか? 本来、蝶は自らが求める気候条件に適した場所で、しかも幼虫期の食草と成虫期の花の蜜が豊富に存在すれば、旅に出る必要などまったく無いと思われますが、ではどんな理由で蝶は旅に出るのでしょうか…。1)蝶の旅(その1)条件が整っていれば旅に出る必要は無いと書きましたが、逆に条件が変われば必然的に旅に出る必要に迫られると思います。
北海道の大雪山のお花畑に、それまで標高の低い所にいた無数のタテハ類がやってきます。これは大量 の花の蜜を求めて、さらに避暑を兼ねての旅のようです。このような“旅”という手段に気付かない蝶の中には暑さの為に夏眠するものさえいます。
また、気温が上がって蝶が大量に産卵しますと幼虫の食料問題が起こりますので、その棲息領域を広げるために旅に出る必要に迫られます。
ウラナミシジミという蝶は、棲息の北限が房総半島と言われています。ここで生まれたウラナミシジミは徐々に棲息範囲を広げながら、年間6回程の世代交代を繰り返し、条件に恵まれた年には北海道にまで到達します。鈴木晃氏による文献(1958)では、房総半島南端部の越冬地を中心とした弧 状の波をもった個体群の分散があり、第1波は23km、第2波は45km、第3波は95km、第4波は200km以上(東京都)、さらに室谷洋司(1964)によれば、第5波は400km、第6波は600kmとなり、北海道へ到達します。(採集記録の北限は利尻島、東限は釧路市)私も、今から20年以上も前のことですが、ある暑い夏の終わりに、十勝管内広尾町で目撃したことがあります。あまりの感動にネットを振ることさえできませんでした。しかし、この蝶の分布の北限はあくまで房総半島までで、北へ北へと生息域を広げたこの蝶達の子孫は、冬を乗り切ることが出来ずにその年のうちに全て絶滅してしまうのです。
このように夏にだけ北海道に渡ってくる蝶にはヒメアカタテハ、とイチモンジセセリがいますが、いずれも北海道の冬の厳しい寒さに越冬は出来ません。つまり北海道では上記の3種類は土着種ではないということになります。このような意図的な旅をする蝶といえば、思い出すのはオオカバマダラです。この蝶の大移動の話を、皆さんも聞いたことがあると思いますが、この蝶は原産地が南米で、温かくなると、やはり生息域を北へ伸ばしカナダの方までやってきます。そしてこの蝶の凄いところは、寒くなるにつれて南米まで帰ってくることです。頭が良いのか、日本のような偏西風がアメリカにはないのか、生命力が強いのか、飛翔力が強いのか(おそらく全てでしょう)とにかく驚嘆してしまいます。