もう一つの Field Note    
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24 Dec 2008   01:55:40 am
長生きしたければ…
 植物は適度な気温・太陽光線・土壌の栄養・そしてそれを吸収するための水が必要なことが分かりますが、それらが充分だと沢山の花を付けないと聞いたことがあります。つまり条件が揃っていて、自らがその場で成長し続けられるから、花を付け種をまき散らす必要がないのです。逆に、それらの要素が欠けていて、その場で生き続けられないと判断したときには多くの花を付け、子孫を残そうとする…というお話です。
 動物の場合、充分なカロリーを摂り続けた場合には、生殖行動を起こすそうです。つまり子どもをもうけても充分に養えるという判断なんでしょう。逆に充分なカロリーが摂れない場合には、自らが生き延びようとするそうで、老化を抑制するホルモンが体内で生成されるそうです。
 つまり、いつまでも若々しく長生きしたいと思う人は、カロリー制限が必要だというのです。目安は1日1,300kcalとも言われています。植物と動物で、こんな違いがあるということが、とても興味深く面白いと感じました。
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28 Sep 2008   01:34:58 am
近況

いやー寒いっす!
ランタナが例年になくたくさんの花を付けた今年。5つとか6つなんてもんじゃなく、もう数えるのも面倒なくらいのたくさんの花を付けたのがつい1週間前までの話。でも、旭岳・利尻岳が初冠雪なんていうニュースが流れ、帯広市も急に寒くなりました。
私も風邪をひいたのかも知れません。どうも力が入りません。そこへもってきて仕事も多忙。8月が例年になく凹みましたんで、嬉しくはあるのですが、キツイっす。
キツイと言えば、オヤジが先日満80才の誕生日(9/16)を迎えた。自分史(誌?)なるものを作り、何とか誕生日に間に合わせろとの厳命で、13日に完成させたのですが、彼はそれをとても楽しみにしていた様子。それは良いのだけれど、完成して安心した途端にポックリ…なんてのだけは勘弁してくれと、冗談めかしに言っていたのだが、今日携帯が入り“自分で車を運転して病院に来たのだが、帰りの車の運転に自信が持てない”とのこと。行ってみたら、病院の待合いで座り込んでいる。
キーを預かり、彼の車を玄関に回し、待合いに行ってみたら、ゴミ箱に向かって吐いていた。“こんなんで家に戻っても仕方ないだろう”と、病院に彼を預けたままにして、車は彼の家に届けた。オフクロに事情を話し、病院へ連れて行ってから、私は帰宅した。
冗談のつもりが、あまり冗談ではなくなって来た。もともと丈夫とは言えない父である。覚悟しなければならない時期が近いのかも知れない…と、そんな予感もする。

今、私は写真展を開催している。その最終日10月1日に公演を依頼されていた。いつもなら画像を用意してスライドショー形式でやるのだが、今回初めてパワーポイントを使ってみることにした。もともとマイクロソフト社のソフトが嫌いで、パワーポイントなんてものは初めて使うのだが、今日一日格闘して何とか完成させた。全30コマにイベントをてんこもりに入れた。テーマは勿論蝶の話なのだが、中味は地球温暖化の話に終始しそうだ。対象は小学生だからテーマが少し難しいかとも思うのだが、果たして結果は如何に…。

夕方、ランタナは室内に入れた。7年も大切にしてきたのに、霜にでもやられてはたまらない。来週からは事務所の日当たりの良い場所に置いてやろうと思う。家の裏庭でひっそり咲いているより、多くの人の目に触れた方が咲き甲斐もあることだろう。
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18 Mar 2008   11:51:11 pm
3代(台?)目のカメラ

 3代目のカメラは、MINOLTA α7。買ったのは1984年頃だったかなぁ。α7の特徴は目的別のメモリ・チップを差し込むことで、それぞれのシーンに最適な設定が自動化されるという機能が付いていた…なんていうと、何だかもの凄い!…気もするが、今ではどのデジカメにも付いているシーン・モードのことだ。でもその当時としては先駆的な技術だったのかも知れない。
 シャッターも電子シャッター…というと聞こえは良いのだが、電池が切れるとシャッターも落ちなのいか!と、今では当たり前のことに苛ついた。何でもかんでもマニュアルだったのが、あれもこれも自動化されるという過渡期の産物だったのだろう。一部で便利になる一方で、何でこんなことが…と思える部分で不便さも感じた。
 ピンはもちろん自動。ズームもモータードライブ。メモリ・チップを入れれば絞りもシャッタースピードも自動。これで良いのか?と疑問を感じながら、方やシャッターチャンスだけに集中できる便利さも感じながら、17年ほど使い続けた。ただ、この時代に撮った写真がFieldの写真の中で一番つまらない写真が多かったと、今になって思う。それはカメラに任せきりだったからだろう。そこそこに撮れる写真に、そこそこ満足をしてしまった結果だろうと、今更ながら反省しきりである。
 そして、デジカメの時代が到来する。以降は前章に書きちらかした通りなので、カメラの話はこれでおしまい。(写真は銀塩カメラを持っての最後の遠征となった2001年の沖縄で撮影)
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11 Mar 2008   11:58:33 pm
3代(台?)目…の前に
 2代目のカメラにまつわる思い出を少々…。結局Fieldは2年間、道立S高校新聞局のカメラマンを務めた。早くカメラに馴れるために、カメラを持たずに出歩くことは殆ど無かった。新聞用の写真ということで、カラーではなかったが、モノクロ・フィルムは部費で自由に使えた。
 ところで、カメラを持っていると、よく男子の先輩が私の周りに集まってきた。そのうちに彼等の狙いが解ってきた。“ねーねー、あの娘撮ってよ。プリントしたら、一枚貰えない?”異口同音に皆さんそう仰る。それも、一人や二人ではないのだ。“先輩の彼女ですか?”と尋ねると、“いや、そうじゃないのだけれど…”これも共通して返ってくる返事だ。“あの娘”は、どうやら体操部に所属しているらしい。レオタード姿で練習する光景を幾度か見かけて数枚写真を撮った。プリントして先輩達に配ったら、皆さんニコニコというより、もうデレデレだったかも知れない。確かに美形の顔立ちだったと記憶しているが、Fieldには興味が無く、今では顔も覚えていない。
 その彼女は卒業後間もなく、グリコのTVCMに抜擢され、女優の道へと進んだ。平淑恵…聞き覚えのある名前だから、きっと本名のままなのだろう。でもやっぱり今も顔は思い出せない(苦笑)
 もう一つ思い出がある。新聞局に入局してカメラと一緒に渡されたものがあった。腕章である。グリーン地に白抜きで、当然の事ながら“S高校新聞局”と書かれていた。これがなかなかの優れ物だった。帯広市にヤンマーのサッカーチームが来た。前章でも書いたが、Fieldはサッカー小僧だったから、何としても選手達の近くで顔を見たいと思いながら競技場に行ってみた。ヤンマーにはメキシコ・オリンピックの主力選手がいたから、会場は賑わっていた。遠巻きにロープが張られ、とても近付くことは出来そうになかった。その時一つのアイデアが浮かんだ。腕章を付けて警備員の人に“取材です。入れて下さい!”と声をかけてみた。一瞬怪訝な顔をされた。Fieldも一瞬ヤバイかなぁと思ったら、もう一人の警備係員が飛んできて“あんたかぁ、何やってるんだよ。遅いよ!”S高校(新聞局)を卒業した“目玉のK先輩(目が大きかったので、そう呼ばれていた)”が機転を利かせてくれたのだった。
 当然Fieldはロープの中へ、そして子どもの頃から憧れの釜本選手・ネルソン吉村選手達の至近距離から思う存分写真を撮らせてもらった。この手はその後幾度か有効だった。全日本の男子バレーチームが来たときにも、その手で猫田・横田・王古選手などを撮らせてもらった。
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09 Mar 2008   12:40:34 am
2代(台?)目のカメラ

 Fieldが高校時代、新聞局に入局した。特に何か思うところがあった訳でもなかったが、S先輩に勧誘され、ふらりと新聞局に立ち寄ったら、そのまま局員になってしまった。部長はTという先輩で、2年生。S先輩は3年生だが、この新聞局、3年になると現役から退くという。2年生にはもう一人N先輩がいたが、他は全て女性だった。結局新入部員も全員が女性で、Fieldにはカメラが預けられた。
 MINOLTA SRT-101、それが初めての一眼レフカメラだった。今まで重たいマミヤプレスしか使ったことのなかったFieldは邀撃を受けた。このカメラ凄い!!いったいいくらしたのか覚えてないが、小遣いをかき集めて同じ物を買った。55mm標準レンズと200mmレンズを追加した。
 仕事柄父親の会社に暗室があったので、モノクロ・フィルムを入れて試撮。モンシロチョウとシマリスを撮って自分で現像してみた。まあまあ撮れてると思って親父に見せたら“なんだ、もっと大きく写せないのか?”カチンと来た。レンズは200mmだが、マクロレンズではないから、最短撮影距離は2m以上だったと思う。さてどうする?更にレンズなど買う小遣いもなく、窮余の一策が中間リングだった。これなら1mくらいまで寄れる。しかし、200mmレンズが20cmを超えているところに10cm近い中間リングを挟むものだから、長い長い!“いったいそのレンズ、何ミリですか?”と何度尋ねられたことか。このセットで1983年までの12年間を通した。(掲載写真はSRT-101で撮影)
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