第3話 蝶と蛾の関係

 私が蝶に携わっていると知ると、必ず聞かれることが二つある、その一つがお決まりの“蝶と蛾はどこが違うの?”という類の質問だ。そして、もう一つはどうして蝶が好きなのか、何がキッカケなのか?という質問である。
 後者の質問の答えを先に書かせて頂くと、「分からない」のである。今、私の年齢は40台後半であるが(注1)、私くらいの年齢の者は、子どもの頃、皆一様に三馬のゴム靴を履いていた。冬はゴム長。やや光沢のあるゴム製で白い馬の顔が3つ並んで印刷されていた。夏は通 称デンプン靴と呼ばれる短靴だ。これは、ツヤのないゴム製で、ゴムとゴムがくっつかないように粉をまぶしてあったので、デンプン靴と呼ばれた。貧乏人も金持ちも皆同じ、それしかないから皆一様にそれを履いた。靴下なんぞは履かなかったから、汗をかくと靴の中に貯まり、ギュギュと音がした。おやつにはスイカ飴というのがあった。スイカ模様の茶色い飴で表面 に粗目砂糖が付いていた。子どもの口には少々大きくて、口に放り込んだは良いが口が閉まらない。閉まらない口のわきから溶けだした飴とヨダレが垂れるのも気にせずに、ビー玉 、釘刺し、ケンケン、鬼ごっこに興じた。そして、もう一つの遊びが虫取りだった。竹の一本竿に針金のフレーム、白のナイロン・ゴースのネット。そしてビニル紐のついた金属ネットの虫かご。蝶でもトンボでもバッタでも何でも虫かごに入れた。大きなアゲハやヤンマを見つけようものなら、心臓をドキドキさせて、目の色を変えて走りまくった。そして…ふと気付くと、そのまんま私は大人になっていた(笑)だからキッカケなんてないし、どうしてと問われても返答のしようがないのである。
 さて、余談が長くなったので、本題に入りたいと思います。
 そもそも蝶とか蛾って何だろう?もちろん昆虫の一種です。この地球上の生き物を、大きく動物、植物に分けると、動物は100万種類くらい居るんだそうです。もちろんまだまだ未発見もあるだろうし、未調査のものもあるだろうから、既に知られていて名前が付いているものがそのくらいあると考えて良いと思います。その動物の中で身体が頭部と胸部と腹部に分かれ、胸部に三対の足と二対の翅を持つものを昆虫という…ってことくらいは、小学校三年くらいで習うので“そうそう思い出した”って方もいらっしゃると思います。ところがこの昆虫、動物の75%程を占める種類が居ます。要するに75万種程いるそうです。更にこの昆虫の中で、二対の翅に鱗粉と呼ばれるものを持つ種類を鱗翅目と呼び、だいたい14万種くらい居るとされています。これが、蝶と蛾のことなのです。…で、生物学的に言うと、この話はこれでおしまい。蝶と蛾はどう区別 されるかという続きは無いのです。つまり、生物学的にはどちらも同族のもので、庶民(?)が勝手にこれは蝶、これは蛾と呼び慣わしているだけのことなんだそうです。
 でも、それでは皆さん納得出来ませんよね。昼飛ぶのが蝶で、夜飛ぶのは蛾。触角がとんがってたり、櫛条なのが蛾で、こん棒状なのが蝶。翅を垂直に立て、表と表を重ねてたたむのが蝶で、蛾は翅を水平のままスライドさせてたたむ。なんていう答えを期待されている方が多いと思うのですが、そんな話は、あまりに例外が多すぎて問題外なんだそうです。
 パピヨンという言葉ご存知ですよね。フランス語で蝶のこと、ではフランス語で蛾は?というと該当する言葉が無い!どうしても区別 するときは、ノクチュール・パピヨン(ノクチュールは夜のこと)。ドイツ語で蝶はシュメッテリンゲ。では蛾は?これまた該当する言葉が無い!これも無理すれば、ナハト・シュメッテリンゲとしか言いようがない。イタリア語でもファルファッラは蛾と蝶を含めた単語のようだ。
 日本はと言いますと、江戸時代の句に、「夜の蝶 手燭をゆする 羽裏かな」 ってのがあるんですが、夜の蝶ってのは、ナイトクラブのお姉さんのことじゃあなさそうです。じゃあ、何でこんな表現をしたのかと言いますと、この時代、実は蛾という言葉は日本にも無かったのです。蝶という言葉は、8世紀後半の「万葉集」の序に「新蝶」、「戯蝶」として出てきますが、残念ながら歌題としては詠まれておりません。又、「枕草子」(1008年)の中で好ましい虫を9種類列挙した下りでの三番目に「蝶」が揚げられておりますし、平安末期の「虫めづる姫君」には「蝶めづる姫君」が登場します。
 ところが「蛾」とう単語が登場するのは、幕末以降で、それ以前は、例えば「カイコの蝶」というように表現されていたんだそうです。じゃあ幕末に何があったのか?と言いますと、英語が日本に入って来ました。そして「バタフライ」に対して「蝶」「モス」に対して「蛾」という単語が使われるようになりましたが、この「蛾」は中国語で、本来カイコ又はヤママユを表現する言葉だったようです。
 そこで、思い当たることがあるんですが、蝶は着物の柄、絵皿などに多く描かれているのですが、蝶模様と呼ばれるの図柄の中にどうしても蛾としか思えないものが多々あります。これが不思議で仕方なかったのですが、今で言う蛾も当時は蝶と呼ばれていたと考えれば、納得のいく話ですよね。
 さて、結論ですが蝶も蛾も、鱗翅目というグループに属し、明確な区別 点はなく、また区別しなければならない理由もないということです。この鱗翅目は先程14万種と書きましたが、一般 的に蝶と呼ばれるもの2万種、蛾と呼ばれるもの12万種であることから、どうしても蝶と蛾を分けるのであれば、蛾を更に「ガ・ギ・グ・ゲ・ゴ」くらいに分けないとバランスが悪いとの説もあるくらいです(笑)(参考:チョウって何だろう 春田俊郎著)
注1:この文章を書いたのは2003年2月

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